普通なら、明るい幸せな未来に希望を持つと思います。
ミナの場合は、そう簡単に思えませんでした。
慣れない土地に来て、身ごもった体で、いきなりの親との同居。
頑張らなくては、と思ってみたところで、付いて回るのは子供達の存在。
ただでさえ、マサ○と子供達との距離があったのに、
お舅さん、お姑さん、とのことも考えなくてはいけない状況になりました。
一緒になってからのマサ○はというと、相変わらずの自己中。
ミナの気持ちなど何一つ考えていないのは、行動で分かりました。
時期的に仕事は忙しかったのですが、
冬だったので悪天候で休みになることが多く、そのたびに一人でお出掛け。
パチンコ屋へ向かうのです。
…そうなることは予想していました。
一緒になれば、言わなくても良かった事を言わなければならなくなる。
家庭を持ったからという体裁云々ではなく、気持ちの問題で。
相手に対して責任のない関係のままだったら、何をしようと勝手だと、
ミナに言う権利はないと思ってきましたが、もうそういう訳にはいきません。
でも、しばらくの間は様子を見ようと、何も言わずに我慢しました。
子供が生まれたら、きっと少しは変わるはずだから…と。
だんだんと大きくなるお腹、何も変わらないマサ○、そしてマタニティブルー。
自由に飛び回っていたいはずなのに、籠に入れられた鳥・・・でした。
同居も大きく関わっていました。
何においてもきちんとしているお姑さんで、部屋を見れば一目瞭然でした。
どこを見てもキレイでピカピカ。
ミナなど、到底比較出来るレベルではありません。
普通の二階建て一軒家に二世帯でしたから、階段で上と下が繋がっていて、物音も筒抜け。
お姑さんは頭痛持ちですから、物音を立てるのも許されないような状況でした。
いつしかミナの中では、『お姑さん=神経質』という式が出来上がっていました。
そんな状況で圧迫感を感じつつも、自分で選んだ道だからと。
どこか諦めにも似た感情を抱きながら、新しい命の誕生を待ちました。
春になり、キョウが小学校へ入学しました。
子供達もミナと同じように、色々な思いがあったはずです。
特にキョウは、ミナの様子の変化を敏感に感じ取る子でしたから。
ミナが少しの間居なくなっても、不安にならないように、前もってきちんと説明はしました。
分かって貰えていたのかは微妙なところですが・・・
そして迎えた出産の日。
陣痛を感じ、夜中に目が覚めました。
寝ているマサ○を起こさないよう、静かに痛みと戦いました。
マサ○が仕事に行くのに目を覚ました時には、7,8分の間隔でした。
。。。過去の記憶が蘇りました。。。
(…また一人で行くのか…でも病院まで距離ありすぎ…)
そう思ったのを覚えています。
もちろん、マサ○に付いて来て貰いたい気持ちはありました。
でも仕事を休めないのは分かっていました。
(三回目だし、何も心配いらないよ。任しといてY(・ω‐)Y)
精一杯の言葉でした。
「頑張れよ。仕事終わったら向かうから。」
「おやじとかっちゃんに頼んでくから、ちゃんと言えよ。」
そう言い、マサ○は仕事へと出掛けました。
痛みに耐えながら身支度をし、お舅さん達にお願いしました。
寝ている子供達を、お姑さんの妹…おばさんに頼み病院へと向かいました。
道中の車内は、ほぼ無言の状態。
変な緊張感に包まれながらも、体に異変が起きては困るので平静を保ちました。
(こんな時間に起こされて、たまったもんじゃないよね・・・ホントすいません。)
(でも・・・一人じゃなくて良かった・・・)
だんだんと明るくなる空を見つめながら、そう思ったのは忘れられません。
【続く】
2009年01月01日
飛べない鳥
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